You Tube を見てください 渡辺容子
先日、淳子先生とチエコちゃんで年末年始ネパールの活動写真を、You Tubeにアップしました。
YouTube → ネパール 歯科 にて携帯からも見られます。
是非ご覧下さい。 渡辺容子
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2010年末、冬、ネパール 彦阪 淳子
冬では初めて、3回目のネパールに行きました。今回は歯周病学界の重鎮、鴨井久一先生がネパールで英語でご講演されると渡辺会長から伺ったからです。学生時代から教科書でのみ知るそのお名前に魅かれ、ファン心理?ミーハー気分で同行させて頂く事になりました。
娘が成人してからの私の趣味は英語・宝塚歌劇・ゴルフです。2回目のネパール帰国後、渡辺会長の鮮やかにコミュニケーションなさる姿に憧れて、私は英会話のイーオンに通いだしました。6ヶ月の英会話成果を知りたかったのもネパール入りの理由のひとつです。
こうして急遽、鴨井久一先生・衛生士の福田知恵子さん・渡辺会長・私の4人のチームが結成されました。
12月27日に出国しバンコクで一泊のトランジットで28日にカトマンズ入り、29日にカンティプール歯科大学で打ち合わせ、30日・31日にご講演と豚の下顎骨でのデモンストレーションと成りました。まあ、簡単に事が運ばないのがネパールのお国カラー
です。PCに強く・知識豊富な福田さんの大奮闘により、一日目の鴨井先生の英語の御講義は無事に終わりました。マイクのトラブルはありましたが、すぐそばで拝聴させて頂いた私は緊張と興奮を味合わせて頂き、寒いながらも至福のひと時でした。二日目の大晦日は御講義とデモで、私も23年ぶりに豚の下顎を使用したフラップ手術の真似事をさせていただき、そして福田さんのキュレタージ・テクニックともちろん鴨井先生の連続縫合と無事にデモを終え、その後、ネパールの学生を巻き込んでデモは終盤となり、今回のネパール入りのミッションは終了致しました。
大晦日は大学玄関前での特設ステージで鴨井先生への感謝のセレモニーも行われ、その後、うらびれた学生カフェテリアでのウイスキーのお湯割りを片手に夕食をいただき、大いに盛り上がりました。濃いアクセントのネパール人デンティスト達との英語を必死で聞いての夕食でしたが、忘れられない大晦日の思い出になりました。大活躍の福田さんは教室内でも極寒での環境による体調不良で、セレモニーは欠席でとても残念でしたが。
2011年元旦は10分遅刻のため?に飛行機はポカラへ飛び立ち、次の便は遅れて、年始早々、ビスターレ・ビスターレ(ゆっくり・ゆっくり)の洗礼を受けました。
ポカラでは久しぶりのネパール風和食を頂き、ホットしました。二泊の滞在中、何度もヒマラヤ山脈(アンナプルナ、マチャプチャレ)を観る機会に恵まれ嬉しかったです。そしてデンダルキャンプにも同行して、歯科事情の深刻さを痛感致しました。
ネパールは毎日11時間の停電があり、乾期のため空気も埃っぽく、インフラ設備も悪く、町中ゴミだらけで、正直ため息ばかりの国です。しかし人々のネットワークは温かく、最貧国のひとつの国でも、案外暮らしやすいのかとも思わせる国でした。
1月3日、ポカラからカトマンズへの飛行機から眺めた、雲から突き出て連なるヒマラヤの山々の壮大さは忘れられません。
1月4日にはバンコク経由で帰国の途につきました。
今回、温厚で広いお心を持つ国際人・鴨井先生を始め、優秀で素敵な福田さん、流石の渡辺会長とご一緒させていただき光栄でした。ありがとうございました。ナマステ
2011年もバンガラの活動にご協力の程お願い致します。
年末に私たち(鴨居日本歯科大歯周病学教授、彦坂歯科医師、福田歯科衛生士、渡辺会長)でネパールにて講演、実習活動をしてまいりました。
彦坂先生より詳しい報告を致します。
先程の続きです。
アカーンシャからメールあり、3月に出産予定だそう。仕事は続けたいとの事。研修はロンが3月にと妊娠がわかる前に伝えていたそうです。
彼女は3月より前に研修に行きたいとも、言っていましたが、私としては、妊婦を研修に異国にやる事はしない方がいいと思うので、ロンとも話し合い、延期させます。
彼女の気持ちは嬉しいが、皆様もそう思いますよね。では
また報告します
今年の暑さは異常でしたね。 如何お過ごしですか。
渡辺会長からバンガラの最近ホットニュースをお届け致します。
いかがお過ごしですかな?いつまで続くのかしら?この暑さは?ニュースなんですが、アカーンシャが妊娠し、学校をお休みしているそうです。おめでたい事なんだが、またもや、研修計画が実行無理な雰囲気です〓機を逃したかな〓彼女が一番頑張ってくれ、研修させたかったのだが。まっしょうがないですね。年末年始、現地とロンに会った時に相談してみますね。歯科衛生士インストラクターの養成は難しいですね〓しかし、諦めませんから、御協力よろしくお願いします。
現在のほっとニュースは、ロン先生のプロジェクトがDhangadi
という地域で行われます
診療所:Oral helth promotion centere を設置し 口腔衛生指導を
地域の方々に行われるにあたり、そのセンターの名前を
’KSD/Buddhi Bangara Oral Prinotion Centere’ が 希望だと
言っております。まだ 決定ではありませんが、嬉しいです。
ストライキの中ではありましたが、淳子先生の力も借り、有意義に過ごせました。
毎回の渡航時、治療や活動で忙しくなかなか、ゆっくりと話ができなかった
女性歯科医師とのコミュニケーションもとれ、嬉しく思います。
頻繁に行われるストライキで学校が休校になったり、停電などで思うように事が進まな 国がどうなるのか?不安な中でも、ネパールの人々の為の口腔衛生活動は継続さ 各地でデンタルキャンプを行っております。
不便さを不便と感じない逞しさ、便利な日本に生活していると、その様な状況に遭遇する と非常にくじけます。
そんな時、つくづく日本はいい国だとも感じます。
驚いた事に、宿泊したホテルにテニスコートがあり、そこに千人程の地方から来たマオイ スト達がゴザを引き寝泊りしておりました。彼らも長引くストライキにはやや疲れを感じて いる様子でした。
彼らにとりカトマンズは大都会である。
訳がわからず大都会を見たさに来た少年もいたのではないか?
彼らはカトマンズに来て、何を感じたのであろう。。
2回目のネパール 彦阪淳子
4月28日から5月6日にかけて、タイ(バンコク)経由でカトマンズに出かけました。前回のネパールはヨシダのチェアーを見たかったから。父が人生を賭けて、愛した製品を見たかったからでした。
そんなわけで、歯科医師としては何も残せていなかった、思いが燻っていました。そして、ネパールの印象が悪くなかったのも起因して、渡辺さんに同行することになりました。
バンコクでは日本人カメラマンが射殺された動乱を回避するため、空港内のホテルで一泊して、翌日にネパール入りをしました。これも私の強い希望により選択したことで、当初は前回同様にタイ国内のホテルに一泊の予定でした。
渡辺会長は流石、ネパール29回目のベテランで安心でき助かりますが、怖がりの私は後ろからスカートの端を踏んで抵抗していました。
バンコク空港では30歳まえの一人でネパールに行く日本人男性が、渡辺さんにネパールの治安について尋ねてきたり、機内では父親がイギリスの外人部隊に所属していたため、各国で生育し、自国の発展に寄与するために、コーヒー農園を自国に作るために帰国する若者に出会ったり、面白い経験をしました。
コミュニケーションは柔らかい心と共通の言語が必須だと、またまた、再確認でした。
到着したカトマンズは前と変わらぬ無秩序で、排気ガスと人の群れとごみだらけの汚い町で、正直言って、このときは一寸後悔しました。
しかし、到着3日目からはマオリスト達のバンダ(ストライキ)が始まり、パトカー、救急車、ツーリストのバス以外用は車、オート等の運行は禁止され、静かでした。
そんなわけで、連日カンプティール、デンタルカレッジに日参することになり、若き女性デンティスト達の治療を見学し又雑談し、私の治療方法を話したり、私自身も色々と勉強をさせてもらいました。
大学では男性歯科医師は講師クラスの人が指導に来るようですが、治療をしているのは
見かけませんでした。男性は自分のオフィスを持つのが一般的で、大学の常勤者は皆無のようでした。
女性デンティスト達は皆、まじめで保存修復は丁寧に治療していて、感心しました。
歯内療法も地道に治療していて、若き日の私を彷彿させるものがあり、新鮮でしたが抜髄はまだまだトレーニングが必要であるとともに、よき指導者、最低必要なバー類の整備は次の課題なのかと思いました。
奇しくも帰国日をすぎても続くストライキのお陰で、歯科医療の実態にふれて、歯科医師としてのキャリアと趣味の英語が生かせる場所に出会えて、嬉しく思います。
車が動かせない為に、片道2時間かけて、ブダニールカンタ(池の中にヒンヅー教の神様の像が横たわる)に出かけ、途中で素敵なホテルで食事もし、膝関節症の私でも適切な靴や薬を服用すれば、なんとかなると自信も出来ました。
今回のネパール滞在は日本であくせく生きる私にとって、良い骨休めになりました。
とても楽しかったです。 ナマステ
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